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			<title>Future Management &#38; Innovation Consulting Inc.</title>
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			<title>鳩山内閣：鳩山首相はうそつきか</title>
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			<dc:date>2010-05-25T02:20:08Z</dc:date>
			<dc:creator>NAM</dc:creator>
			<dc:subject>4.1 - Senior Consultant</dc:subject>
			<description>　普天間問題の続きを述べる。普天間基地はまさに住宅に囲まれた基地である。なんとかしなければならない。米軍基地の普天間からの移設について県外・国外案が出ていたが、当初から疑問視されていた。鳩山首相がTVにでる度に、5月までに決着すると繰り返し述べていたが、結局は沖縄以外になかった。天領をつくる、巨大な人工島を作るなどすれば解決する。しかし、そのような鳩山マジックはでなかった。
　鳩山首相は、オバマ大統領に3度会っている。「大統領の起こしたチェンジ、変革の波が日本にも届いた」と言った鳩山に、最初はオバマも大いに期待したが、その後普天間の移設方向も固まらず、会うたびに米国の不信感がつのり、ついに“爾後、鳩山政権を対手とせず“となり、これがオバマ政権の意思であった。
　名護市への移転の日米の合意は、contractではなく、単なるagreement、口約束であったというが、外交関係はそう単純ではない。覆すだけの新たな証拠・解決策が必要で、その実現性の壁は厚い。社民党のような単なる願望・スローガンでは解決しない、実施できない意見で、論理矛盾に気がつかない。
①政権が変わったのだ。だから前の約束はご破算だ。という論理は通じるのか。
②基地の設置は、どの県も反対する。それをどう説得するのか。
③県外・国外とは？具体的には、自力軍をもつのか、アメリカか中国の属国になってしまってもかまわないのか。
　この問題は、連立政権という名のもとに、国民新党と社民党に民主党がかき回されていると国民には映った。これは連立当初から見えていた。政権内でも、外務大臣と防衛庁長官と総理、外務省官僚らとの意見が食い違っていた。日本の政権は、意見・主張がまとまらない、筋が通らない。そんな日本の現政権と「まじめに外交話ができるのか」というのが、アメリカの見方のようである。
　他県への移設であるならば、もっと早くから全国の知事を集めて議論・討議すべきであった。こんなことは、政権をとった段階でわかっていたはずである。これらのわかりきったことをせずにずるずると時間をすごし、政権の無能力ぶりを示した。日米の交渉も日本の言い分、たとえば日米地位協定、思いやり予算問題、日本の安全保障の具体的行動基準など、ほとんど何も明言せず、何も引き出せないでいる。こういう当たり前のこともできない、先の見通しを持たない、有能なスタッフを編成できない内閣を、国民は支持するのであろうか。
　沖縄県民もこの半年、単に「県外、国外」の掛け声だけで翻弄され続けてきた。ここへきて、「やっぱり沖縄しかない、理解してくれ」といわれて、沖縄県知事は「はなはだ遺憾である」と述べていたが、「沖縄県民を馬鹿にするな！」と、憤りをあらわにしてもよいのではないか。八ｯ場ダムの大騒ぎと同じ構図である。政府の言動にさんざん振り回される国民の姿だ。
　“最低でも県外“、このことは何度も何度も述べられてきた。それが出来ないのなら最低以下である。鳩山総理は鈍感だ、厚顔無恥だと批判するより、無能でうそつきだと断定したほうがよい。TVを通じて、子供も含めて総理のうそつきを見続けてきた。
　西洋ではうそつきを極端に嫌う。人の信用にかかわるからだ。数日前、ＴＶで“カントの純正理性批判と政治哲学”の話をやっていた。そこでは、事例としてクリントン大統領の不倫問題を野党が追及する場面がでたが、そこでもクリントンはうそをつかないことに拘った。日本では「嘘つきは金持ちの始まりだ」（ビートたけし）という。雲泥の差だ。
　日本の支配層は、「知らしむべからず、寄らしむべし」の思想で、太平洋戦争の大本営発表も嘘の連続であった。うそつき、これが日本的なのか。日本のDNAなのか。
　日本人は、タイランドの国民のように暴動を起こす元気はない。暴動は起こさずに、無能でない、うそをつかない支配者層、外交手腕のある国家元首・総理を生み出す方策はあるのか。この問題は、日本の民主主義を育てる意味でも、国民の社会・政治教育問題としても重要なテーマである。虐げられてきた沖縄の歴史、見捨てられた島民の思いは、単に同情ではなく、政治システムとして、もっと深刻に捉えられるべきだ。エリート意識の中に潜む“ごーまん”、問題を問題と認識しない国民の方にこそ問題がある。

2010年5月
地域問題研究会主査　NAM記
</description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　普天間問題の続きを述べる。普天間基地はまさに住宅に囲まれた基地である。なんとかしなければならない。米軍基地の普天間からの移設について県外・国外案が出ていたが、当初から疑問視されていた。鳩山首相がTVにでる度に、5月までに決着すると繰り返し述べていたが、結局は沖縄以外になかった。天領をつくる、巨大な人工島を作るなどすれば解決する。しかし、そのような鳩山マジックはでなかった。<br />
　鳩山首相は、オバマ大統領に3度会っている。「大統領の起こしたチェンジ、変革の波が日本にも届いた」と言った鳩山に、最初はオバマも大いに期待したが、その後普天間の移設方向も固まらず、会うたびに米国の不信感がつのり、ついに“爾後、鳩山政権を対手とせず“となり、これがオバマ政権の意思であった。<br />
　名護市への移転の日米の合意は、contractではなく、単なるagreement、口約束であったというが、外交関係はそう単純ではない。覆すだけの新たな証拠・解決策が必要で、その実現性の壁は厚い。社民党のような単なる願望・スローガンでは解決しない、実施できない意見で、論理矛盾に気がつかない。<br />
①政権が変わったのだ。だから前の約束はご破算だ。という論理は通じるのか。<br />
②基地の設置は、どの県も反対する。それをどう説得するのか。<br />
③県外・国外とは？具体的には、自力軍をもつのか、アメリカか中国の属国になってしまってもかまわないのか。<br />
　この問題は、連立政権という名のもとに、国民新党と社民党に民主党がかき回されていると国民には映った。これは連立当初から見えていた。政権内でも、外務大臣と防衛庁長官と総理、外務省官僚らとの意見が食い違っていた。日本の政権は、意見・主張がまとまらない、筋が通らない。そんな日本の現政権と「まじめに外交話ができるのか」というのが、アメリカの見方のようである。<br />
　他県への移設であるならば、もっと早くから全国の知事を集めて議論・討議すべきであった。こんなことは、政権をとった段階でわかっていたはずである。これらのわかりきったことをせずにずるずると時間をすごし、政権の無能力ぶりを示した。日米の交渉も日本の言い分、たとえば日米地位協定、思いやり予算問題、日本の安全保障の具体的行動基準など、ほとんど何も明言せず、何も引き出せないでいる。こういう当たり前のこともできない、先の見通しを持たない、有能なスタッフを編成できない内閣を、国民は支持するのであろうか。<br />
　沖縄県民もこの半年、単に「県外、国外」の掛け声だけで翻弄され続けてきた。ここへきて、「やっぱり沖縄しかない、理解してくれ」といわれて、沖縄県知事は「はなはだ遺憾である」と述べていたが、「沖縄県民を馬鹿にするな！」と、憤りをあらわにしてもよいのではないか。八ｯ場ダムの大騒ぎと同じ構図である。政府の言動にさんざん振り回される国民の姿だ。<br />
　“最低でも県外“、このことは何度も何度も述べられてきた。それが出来ないのなら最低以下である。鳩山総理は鈍感だ、厚顔無恥だと批判するより、無能でうそつきだと断定したほうがよい。TVを通じて、子供も含めて総理のうそつきを見続けてきた。<br />
　西洋ではうそつきを極端に嫌う。人の信用にかかわるからだ。数日前、ＴＶで“カントの純正理性批判と政治哲学”の話をやっていた。そこでは、事例としてクリントン大統領の不倫問題を野党が追及する場面がでたが、そこでもクリントンはうそをつかないことに拘った。日本では「嘘つきは金持ちの始まりだ」（ビートたけし）という。雲泥の差だ。<br />
　日本の支配層は、「知らしむべからず、寄らしむべし」の思想で、太平洋戦争の大本営発表も嘘の連続であった。うそつき、これが日本的なのか。日本のDNAなのか。<br />
　日本人は、タイランドの国民のように暴動を起こす元気はない。暴動は起こさずに、無能でない、うそをつかない支配者層、外交手腕のある国家元首・総理を生み出す方策はあるのか。この問題は、日本の民主主義を育てる意味でも、国民の社会・政治教育問題としても重要なテーマである。虐げられてきた沖縄の歴史、見捨てられた島民の思いは、単に同情ではなく、政治システムとして、もっと深刻に捉えられるべきだ。エリート意識の中に潜む“ごーまん”、問題を問題と認識しない国民の方にこそ問題がある。</p>

<p>2010年5月<br />
地域問題研究会主査　NAM記</p>
]]></content:encoded>
		</item>

		
		<item rdf:about="http://www.gic-mbh.de/fmic/blog/index.php?blog=5&amp;title=a_paona_res_a_a_yif_asaa_sa_a_a_a_a_a_e_&amp;more=1&amp;c=1&amp;tb=1&amp;pb=1">
			<title>東京の魅力⑥：歴史を感じさせる都心の霊園散策</title>
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			<dc:date>2010-05-18T05:43:24Z</dc:date>
			<dc:creator>NAM</dc:creator>
			<dc:subject>4.1 - Senior Consultant</dc:subject>
			<description>　東京の霊園は、寺院の霊園を含めれば数百もある。しかし、3大霊園といえば、谷中霊園、青山霊園、雑司が谷霊園である。都下には多磨霊園と小平霊園があり、それを含めると5大霊園である。都内の霊園は江戸っ子や過去の人たちの墓ですでに満杯である。新参者や都会からはみ出した人たちは、都下や地方に出て行かざるを得ない。しかし都心の墓は歴史を感じさせ、歴史の散策にうってつけである。これらの大きな霊園は、塀もないし出入りが自由であるが、飲食やタバコなどは禁物であるのはいうまでもない。散策には最初に霊園の管理事務所に寄り、案内地図をもらってくると便利である。
　霊園は猫の天国である。東京に住む動物といえば、雀か、烏か、ねずみか、犬か、いずれが多いだろうか？実は多いのは猫なのである。霊園は猫の天国である。墓地にはお供え物もあるし、静かで墓石の陰で暖かく、のうのうとできる場所である。夜になったら街場に出かけ、餌を漁る。
　谷中霊園はかっては天王寺の境内であった。戦災にあわなかったので、谷中地区は下町情緒がいっぱいである。春は天王寺の参道の桜並木が美しい。樹木の種類も松、欅、杉、ヒノキ、槇、櫟（いちい）等いろいろあり、生垣の種類も多く,案内板の解説つきで勉強にもなる。谷中には、幸田露伴の五重塔の焼け跡もあり写真付きで解説されている。近くに徳川家の寛永寺があり、徳川慶喜や勝海舟、渋沢栄一など明治の偉大な人物の墓が目に付く。徳川慶喜は、夫婦仲良く並んであるだけでなく、第2婦人も祀られているのに好感が持てる。最近の政治家では三木武吉、鳩山一郎が居る。春彼岸には親戚の方の参拝者に出会う。
　雑司が谷霊園は護国寺や鬼子母神神社も近い。最近は、風情のある都電荒川線だけでなく副都心線ができて便利になった。ここも戦災にあっていない。夏目漱石を筆頭に、島村抱月、岩野抱鳴、泉鏡花、永井荷風、森田草平、窪田空穂、サトウ・ハチロウ、小泉八雲らの文人が多い。尾上菊五郎や江戸家猫八、大川橋蔵などの芸人の墓も多い。軍人では東条英機、政治家では愛知揆一が眠る。最近は本を読まない若者も多く知らない人が多くなったかも知れぬが、自分の知っている著名人の墓に出会うと、何だこんなところに眠っていたのか、ここに地縁があったのか、と思わずにたりとする。たとえば夏目漱石は、本郷の三四郎池から始まり、神楽坂に落語を聞きに来ていたり、文具を買い求めに通っていたりした。そして、松山の坊ちゃんになったり、ロンドンまででかけたりしたが、結局ここに眠ったのか、とその足取りを感じさせるのである。
　青山霊園は、乃木将軍を筆頭に、陸軍の将校などの軍人や外人の方の墓地が目立つ。横浜の外人墓地を思わせる。政治家では、吉田茂、池田勇人、犬養毅、井上準之助、大久保利通、森有礼、後藤象二郎、加藤高明、浜口雄幸、松方正義などそうそうたるものである。青山霊園は、全体に新しさもあって区画もしっかりしている。道も広い。
　霊園は散歩するにはあまり気持ちよいものではない。人によっては気持ち悪がる。しかし、緑の木陰もちょっとあるし、子供たちの格好の遊び場でもある。車は来ないし安全なので、地元の子供たちは、平気で遊んでいる。
ときどき、著名人の墓参りに来る客人が居る。多くは男性の独り者が多い。たまにおばあちゃんに会う。俳句をやっていてその題材を求めてやってきたという。墓場には歴史と風情を感じるのだろうか。
地方にも立派なお墓はあるが、これだけ多くの方と会えるのは、東京だけである。

2010年5月
地域問題研究会　NAM記 
</description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　東京の霊園は、寺院の霊園を含めれば数百もある。しかし、3大霊園といえば、谷中霊園、青山霊園、雑司が谷霊園である。都下には多磨霊園と小平霊園があり、それを含めると5大霊園である。都内の霊園は江戸っ子や過去の人たちの墓ですでに満杯である。新参者や都会からはみ出した人たちは、都下や地方に出て行かざるを得ない。しかし都心の墓は歴史を感じさせ、歴史の散策にうってつけである。これらの大きな霊園は、塀もないし出入りが自由であるが、飲食やタバコなどは禁物であるのはいうまでもない。散策には最初に霊園の管理事務所に寄り、案内地図をもらってくると便利である。<br />
　霊園は猫の天国である。東京に住む動物といえば、雀か、烏か、ねずみか、犬か、いずれが多いだろうか？実は多いのは猫なのである。霊園は猫の天国である。墓地にはお供え物もあるし、静かで墓石の陰で暖かく、のうのうとできる場所である。夜になったら街場に出かけ、餌を漁る。<br />
　谷中霊園はかっては天王寺の境内であった。戦災にあわなかったので、谷中地区は下町情緒がいっぱいである。春は天王寺の参道の桜並木が美しい。樹木の種類も松、欅、杉、ヒノキ、槇、櫟（いちい）等いろいろあり、生垣の種類も多く,案内板の解説つきで勉強にもなる。谷中には、幸田露伴の五重塔の焼け跡もあり写真付きで解説されている。近くに徳川家の寛永寺があり、徳川慶喜や勝海舟、渋沢栄一など明治の偉大な人物の墓が目に付く。徳川慶喜は、夫婦仲良く並んであるだけでなく、第2婦人も祀られているのに好感が持てる。最近の政治家では三木武吉、鳩山一郎が居る。春彼岸には親戚の方の参拝者に出会う。<br />
　雑司が谷霊園は護国寺や鬼子母神神社も近い。最近は、風情のある都電荒川線だけでなく副都心線ができて便利になった。ここも戦災にあっていない。夏目漱石を筆頭に、島村抱月、岩野抱鳴、泉鏡花、永井荷風、森田草平、窪田空穂、サトウ・ハチロウ、小泉八雲らの文人が多い。尾上菊五郎や江戸家猫八、大川橋蔵などの芸人の墓も多い。軍人では東条英機、政治家では愛知揆一が眠る。最近は本を読まない若者も多く知らない人が多くなったかも知れぬが、自分の知っている著名人の墓に出会うと、何だこんなところに眠っていたのか、ここに地縁があったのか、と思わずにたりとする。たとえば夏目漱石は、本郷の三四郎池から始まり、神楽坂に落語を聞きに来ていたり、文具を買い求めに通っていたりした。そして、松山の坊ちゃんになったり、ロンドンまででかけたりしたが、結局ここに眠ったのか、とその足取りを感じさせるのである。<br />
　青山霊園は、乃木将軍を筆頭に、陸軍の将校などの軍人や外人の方の墓地が目立つ。横浜の外人墓地を思わせる。政治家では、吉田茂、池田勇人、犬養毅、井上準之助、大久保利通、森有礼、後藤象二郎、加藤高明、浜口雄幸、松方正義などそうそうたるものである。青山霊園は、全体に新しさもあって区画もしっかりしている。道も広い。<br />
　霊園は散歩するにはあまり気持ちよいものではない。人によっては気持ち悪がる。しかし、緑の木陰もちょっとあるし、子供たちの格好の遊び場でもある。車は来ないし安全なので、地元の子供たちは、平気で遊んでいる。<br />
ときどき、著名人の墓参りに来る客人が居る。多くは男性の独り者が多い。たまにおばあちゃんに会う。俳句をやっていてその題材を求めてやってきたという。墓場には歴史と風情を感じるのだろうか。<br />
地方にも立派なお墓はあるが、これだけ多くの方と会えるのは、東京だけである。</p>

<p>2010年5月<br />
地域問題研究会　NAM記 </p>
]]></content:encoded>
		</item>

		
		<item rdf:about="http://www.gic-mbh.de/fmic/blog/index.php?blog=5&amp;title=escappa_e_pac_a_ma_c_ac_a_na_reb_a_nif_a&amp;more=1&amp;c=1&amp;tb=1&amp;pb=1">
			<title>鳩山内閣不支持率増加の要因：普天間問題</title>
			<link>http://www.gic-mbh.de/fmic/blog/index.php?blog=5&amp;title=escappa_e_pac_a_ma_c_ac_a_na_reb_a_nif_a&amp;more=1&amp;c=1&amp;tb=1&amp;pb=1</link>
			<dc:date>2010-04-27T06:44:19Z</dc:date>
			<dc:creator>NAM</dc:creator>
			<dc:subject>4.1 - Senior Consultant</dc:subject>
			<description>　このところ鳩山内閣の支持率が急速に落ちてきている。とうとう２０％台になった。無党派層に見放されつつあるのか。鳩山政権の経緯をみる。
　当初は順調な滑り出しをした。内閣人事の布陣も、もっと頼りないと思った民主党も「まあなかなかやるな」と思わせた。前原国土交通相の八ッ場ダム問題も埋没コストが大きすぎて、問題だと思ったが、前原発言で無駄ダム問題が表面化した点では大いに評価される。なぜ今まで問題視されなかったのかの方が問題である。問題を指摘している人も前々からいたが、マスコミが取り上げなかっただけなのである。
　事業仕分けも、成果は出なかったが、予算問題を国民の前にさらけ出した点はなかなかよかったと思う。ただ無駄を見つけようという発想だけでは難しい。あきらかに無駄なものは既に止めている。無駄削減に成果報酬をだす仕組みとか、ゼロベース手法をつかうとか、無駄さがしの手法をあるのになぜ使わないのか。スーパーコンピュータ問題では、「なぜ一番にならなければいけないのか」という質問が出て有名になったが、これは民主党と当該議員の見識の問題である。いったい国は何のためにあるのかから考える必要がある。
　今までの自民党政権が、弱者を切捨ててきた点は反省すべきであるが、福祉国家という名のもとのもたれあい社会として国があるのではないことも認識すべきだ。民主党は、この半年の動きを見る限りでは、「結局はばら撒き政党である」いう印象をぬぐえない。国家戦略は民主党では描けないのではないかという懸念が、支持率を下げている。
　次に出てきたのが鳩山総理と小沢幹事長の政治資金問題である。やはり自民党と同じ体質かと思わせた。政治資金問題では、マスコミなどの問題もあっておおきく支持率を下げた。
　支持率を下げるもっとも大きな要因は、もともと無理なことをマニフェストに掲げ過ぎたことである。財源問題などの根本問題をなおざりにしている民主党に、頼りなさを感じる。そのもっとも典型的な問題が、普天間基地問題である。この問題の矛盾点について考察する。
　普天間基地は、当初はそうではなかったが時がたつにつれ、基地の周囲が住宅地となり、墜落などの事故があれば住宅地への危険が大きい。日本もアメリカも、この問題を何とかしたい。アメリカにとって、基地を無料しかも思いやり予算つきで使えるというのはこの上ないメリットである。米軍基地はそもそも小さな島では対応できない。最新鋭の大型戦闘機の数や海兵隊の生活などを考えると、ある程度の広さが必要である。また防衛上の理由からも、ある範囲圏に必要とされている。島の広さと他の基地との距離に制限があるのである。
　日米の合意があった名護市への移転決定を保留し、日米関係がギクシャクしていきそうで懸念される。鳩山総理とオバマ大統領の間で信頼関係ができたといっているが、そもそも信頼関係とは「一日にしてならず」である。
　あなたの町に基地が来ることが必要ですか聞けば、どの県民も市町村民もいやだという。その感情も、論理はわかっているはずであるのに、県外、国外を叫ぶ人がいる。理想としてはそうだが、現実性はどうなのか。ガンジー主義は理想ではある、しかしインドでなぜ主流になりえないのか。理想とされるマルクス主義、共産主義によって、なぜソ連も中国も経済的に行き詰まったのか。いずれも現実無視の理想論だからではないか。
　理想論といえば、江戸時代の犬公方の綱吉の「生類憐れみの法」なども小生の目から見れば理想の政策であると思われる。太平洋戦争の最大責任者といわれる近衛文麿も、国体維持の理想論はあったと思われるが、陸軍への掛け金をはずしたことに当初は気づかなかったはずだ。現実の運用問題や組織力学の軽視が理想論の足をすくうのである。
　沖縄の民の声を聞かねばならぬという論は正しい。国外、県外も理想ではあろう。しかし、スローガンだけでは、新たな移籍先の納得をえるのは無理といってよい。結局、金で解決するのか。10兆円程度のお金を積めば何とかなる。鳩山内閣は最初から袋小路に入ってしまったが、その袋をいつどう破るのか国民は注視している。無理だとなれば、5月決着を叫び続ける鳩山総理への信頼感は一気に薄れる。犬公方、ガンジー、近衛文麿の理想論は、スローガンとして叫ぶのはいいが、今求められているのは、それを実現するための現実的問題解決能力なのである。この問題については、そもそも日本の国土や民衆は誰が守るのか。その議論から必要だという論もあるが、それは次に譲る。

2010年4月
地域問題研究会　NAM記
</description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　このところ鳩山内閣の支持率が急速に落ちてきている。とうとう２０％台になった。無党派層に見放されつつあるのか。鳩山政権の経緯をみる。<br />
　当初は順調な滑り出しをした。内閣人事の布陣も、もっと頼りないと思った民主党も「まあなかなかやるな」と思わせた。前原国土交通相の八ッ場ダム問題も埋没コストが大きすぎて、問題だと思ったが、前原発言で無駄ダム問題が表面化した点では大いに評価される。なぜ今まで問題視されなかったのかの方が問題である。問題を指摘している人も前々からいたが、マスコミが取り上げなかっただけなのである。<br />
　事業仕分けも、成果は出なかったが、予算問題を国民の前にさらけ出した点はなかなかよかったと思う。ただ無駄を見つけようという発想だけでは難しい。あきらかに無駄なものは既に止めている。無駄削減に成果報酬をだす仕組みとか、ゼロベース手法をつかうとか、無駄さがしの手法をあるのになぜ使わないのか。スーパーコンピュータ問題では、「なぜ一番にならなければいけないのか」という質問が出て有名になったが、これは民主党と当該議員の見識の問題である。いったい国は何のためにあるのかから考える必要がある。<br />
　今までの自民党政権が、弱者を切捨ててきた点は反省すべきであるが、福祉国家という名のもとのもたれあい社会として国があるのではないことも認識すべきだ。民主党は、この半年の動きを見る限りでは、「結局はばら撒き政党である」いう印象をぬぐえない。国家戦略は民主党では描けないのではないかという懸念が、支持率を下げている。<br />
　次に出てきたのが鳩山総理と小沢幹事長の政治資金問題である。やはり自民党と同じ体質かと思わせた。政治資金問題では、マスコミなどの問題もあっておおきく支持率を下げた。<br />
　支持率を下げるもっとも大きな要因は、もともと無理なことをマニフェストに掲げ過ぎたことである。財源問題などの根本問題をなおざりにしている民主党に、頼りなさを感じる。そのもっとも典型的な問題が、普天間基地問題である。この問題の矛盾点について考察する。<br />
　普天間基地は、当初はそうではなかったが時がたつにつれ、基地の周囲が住宅地となり、墜落などの事故があれば住宅地への危険が大きい。日本もアメリカも、この問題を何とかしたい。アメリカにとって、基地を無料しかも思いやり予算つきで使えるというのはこの上ないメリットである。米軍基地はそもそも小さな島では対応できない。最新鋭の大型戦闘機の数や海兵隊の生活などを考えると、ある程度の広さが必要である。また防衛上の理由からも、ある範囲圏に必要とされている。島の広さと他の基地との距離に制限があるのである。<br />
　日米の合意があった名護市への移転決定を保留し、日米関係がギクシャクしていきそうで懸念される。鳩山総理とオバマ大統領の間で信頼関係ができたといっているが、そもそも信頼関係とは「一日にしてならず」である。<br />
　あなたの町に基地が来ることが必要ですか聞けば、どの県民も市町村民もいやだという。その感情も、論理はわかっているはずであるのに、県外、国外を叫ぶ人がいる。理想としてはそうだが、現実性はどうなのか。ガンジー主義は理想ではある、しかしインドでなぜ主流になりえないのか。理想とされるマルクス主義、共産主義によって、なぜソ連も中国も経済的に行き詰まったのか。いずれも現実無視の理想論だからではないか。<br />
　理想論といえば、江戸時代の犬公方の綱吉の「生類憐れみの法」なども小生の目から見れば理想の政策であると思われる。太平洋戦争の最大責任者といわれる近衛文麿も、国体維持の理想論はあったと思われるが、陸軍への掛け金をはずしたことに当初は気づかなかったはずだ。現実の運用問題や組織力学の軽視が理想論の足をすくうのである。<br />
　沖縄の民の声を聞かねばならぬという論は正しい。国外、県外も理想ではあろう。しかし、スローガンだけでは、新たな移籍先の納得をえるのは無理といってよい。結局、金で解決するのか。10兆円程度のお金を積めば何とかなる。鳩山内閣は最初から袋小路に入ってしまったが、その袋をいつどう破るのか国民は注視している。無理だとなれば、5月決着を叫び続ける鳩山総理への信頼感は一気に薄れる。犬公方、ガンジー、近衛文麿の理想論は、スローガンとして叫ぶのはいいが、今求められているのは、それを実現するための現実的問題解決能力なのである。この問題については、そもそも日本の国土や民衆は誰が守るのか。その議論から必要だという論もあるが、それは次に譲る。</p>

<p>2010年4月<br />
地域問題研究会　NAM記</p>
]]></content:encoded>
		</item>

		
		<item rdf:about="http://www.gic-mbh.de/fmic/blog/index.php?blog=5&amp;title=a_paona_res_a_a_pa_a_la_a_ca_fa_lap_e&amp;more=1&amp;c=1&amp;tb=1&amp;pb=1">
			<title>東京の魅力⑤　ルノアール展考</title>
			<link>http://www.gic-mbh.de/fmic/blog/index.php?blog=5&amp;title=a_paona_res_a_a_pa_a_la_a_ca_fa_lap_e&amp;more=1&amp;c=1&amp;tb=1&amp;pb=1</link>
			<dc:date>2010-04-20T06:34:47Z</dc:date>
			<dc:creator>NAM</dc:creator>
			<dc:subject>4.1 - Senior Consultant</dc:subject>
			<description>　東京の魅力のひとつは都市の変貌である。これについては先に六本木ヒルズの例で書いた。六本木ヒルズ以降、六本木地区には、東大生産技術研究所の跡地に国立新美術館ができ、防衛庁跡地に六本木ミッドタウンができた。ミッドタウンの中にはサントリー美術館ができ、森ビルの森美術館とあわせて、六本木地区での美術館トライアングルができた。いずれも企画展示を売り物にしている。美術館といえば、上野恩賜公園であったが、最近は六本木から目が離せない。
　六本木の国立新美術館でルノアール展が開催された。日本人には、ミレー、マネ・モネ、ゴッホと、ルノアールは根強い人気がある。だいたい7年に一度くらいのペースで日本に来ている。それが毎回盛況なのである。地方の美術展では客が来なくて赤字経営のところもあると聞くのに、東京の美術館は、ウィークデイも人でいっぱいである。
　見に来ていた女性に聞いてみた。「女性の裸体画がそんなによいのか」と。ルノアールはエロスの画家とも言われているが、彼女たちは、別になんとも思わないようである。明治のころ黒田清輝の裸体が騒がれたのを思い出し、隔世の感があると思った。そもそもエロスと性的なことは、似ているが微妙に違う。彼女たちはその辺はよく心得ている。もともと庶民は原始の時代からおおらかだったのであるが、官というか、お上が庶民統治上騒いでいただけなのかもしれない。
　画家が美を求めて創作意欲を掻き立てられるとすれば、女体はその原点である。男性の裸体は気持ちが悪いだけなのか、それほど一般的ではない。コカコーラの瓶のフォルムも自動車の車体のカーブも、いずれも女体の曲線美が採用されている。
　小生もルノアールの裸体画のフォルムを真似してノートに描いてみる。画家はさらにフォルムからフィギァにまで消化し表現する。小生は加山又造の研ぎ澄まされた曲線美に身震いする。しかし、ルノアールはフォルムのみならず、色彩やマティエールにもこだわった。女性の肌の表現を追求するのである。その執念がすごい。
　絵の具の色彩について簡単に記す。小学生のころは影の部分は暗くなるので、絵の具に黒を混ぜた。印象派以降は絵の具に白や黒は混ぜない。色彩が濁り汚くなるからだ。点描画は色を混ぜないための技法である。
　油絵は１５世紀の画家ファン・エイク兄弟が発見した艶油（リンシード油とワルナット）のおかげで、生き生きした艶のある絵が実現したといわれる。その後ルノアールはさらに、若き女の肌をくすぶらせず、透明感とつややかさを表現すべく、工夫を重ねた。近代画の中で絵の具の透明性を高度に生かしきった画家として、ルノアールが上げられる。晩年のルノアールは単に物質を如実に表現するのみならず、色に響きや香りを与え、「色の悦び」を表現したといわれる。晩年の裸婦図は、裸体というより人間の血を画いたといわれるほど赤色ガランスをふんだんに駆使したようである。また、顔料や染料、溶き油、土台、塗り重ね法など工夫に工夫を重ねたといわれている。死ぬまで努力を惜しまぬ画家の執念を改めて感じさせる。
　画家の奥深さを感じるには、画集ではなく本物を見なければならない。国立新美術館は入場料１５００円であるが、国立西洋美術館は５０周年記念で、常設展の拝観料は無料である。松方コレクションの中にルノアールが数点ある。その他の美術館にもルノアールを所有していることが多い。それほどルノアールは人気がある。

2010年4月
地域問題研究会主査　NAM記
</description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　東京の魅力のひとつは都市の変貌である。これについては先に六本木ヒルズの例で書いた。六本木ヒルズ以降、六本木地区には、東大生産技術研究所の跡地に国立新美術館ができ、防衛庁跡地に六本木ミッドタウンができた。ミッドタウンの中にはサントリー美術館ができ、森ビルの森美術館とあわせて、六本木地区での美術館トライアングルができた。いずれも企画展示を売り物にしている。美術館といえば、上野恩賜公園であったが、最近は六本木から目が離せない。<br />
　六本木の国立新美術館でルノアール展が開催された。日本人には、ミレー、マネ・モネ、ゴッホと、ルノアールは根強い人気がある。だいたい7年に一度くらいのペースで日本に来ている。それが毎回盛況なのである。地方の美術展では客が来なくて赤字経営のところもあると聞くのに、東京の美術館は、ウィークデイも人でいっぱいである。<br />
　見に来ていた女性に聞いてみた。「女性の裸体画がそんなによいのか」と。ルノアールはエロスの画家とも言われているが、彼女たちは、別になんとも思わないようである。明治のころ黒田清輝の裸体が騒がれたのを思い出し、隔世の感があると思った。そもそもエロスと性的なことは、似ているが微妙に違う。彼女たちはその辺はよく心得ている。もともと庶民は原始の時代からおおらかだったのであるが、官というか、お上が庶民統治上騒いでいただけなのかもしれない。<br />
　画家が美を求めて創作意欲を掻き立てられるとすれば、女体はその原点である。男性の裸体は気持ちが悪いだけなのか、それほど一般的ではない。コカコーラの瓶のフォルムも自動車の車体のカーブも、いずれも女体の曲線美が採用されている。<br />
　小生もルノアールの裸体画のフォルムを真似してノートに描いてみる。画家はさらにフォルムからフィギァにまで消化し表現する。小生は加山又造の研ぎ澄まされた曲線美に身震いする。しかし、ルノアールはフォルムのみならず、色彩やマティエールにもこだわった。女性の肌の表現を追求するのである。その執念がすごい。<br />
　絵の具の色彩について簡単に記す。小学生のころは影の部分は暗くなるので、絵の具に黒を混ぜた。印象派以降は絵の具に白や黒は混ぜない。色彩が濁り汚くなるからだ。点描画は色を混ぜないための技法である。<br />
　油絵は１５世紀の画家ファン・エイク兄弟が発見した艶油（リンシード油とワルナット）のおかげで、生き生きした艶のある絵が実現したといわれる。その後ルノアールはさらに、若き女の肌をくすぶらせず、透明感とつややかさを表現すべく、工夫を重ねた。近代画の中で絵の具の透明性を高度に生かしきった画家として、ルノアールが上げられる。晩年のルノアールは単に物質を如実に表現するのみならず、色に響きや香りを与え、「色の悦び」を表現したといわれる。晩年の裸婦図は、裸体というより人間の血を画いたといわれるほど赤色ガランスをふんだんに駆使したようである。また、顔料や染料、溶き油、土台、塗り重ね法など工夫に工夫を重ねたといわれている。死ぬまで努力を惜しまぬ画家の執念を改めて感じさせる。<br />
　画家の奥深さを感じるには、画集ではなく本物を見なければならない。国立新美術館は入場料１５００円であるが、国立西洋美術館は５０周年記念で、常設展の拝観料は無料である。松方コレクションの中にルノアールが数点ある。その他の美術館にもルノアールを所有していることが多い。それほどルノアールは人気がある。</p>

<p>2010年4月<br />
地域問題研究会主査　NAM記</p>
]]></content:encoded>
		</item>

		
		<item rdf:about="http://www.gic-mbh.de/fmic/blog/index.php?blog=5&amp;title=a_paona_res_a_a_pif_ac_es_a_a_a_sa_na_uc&amp;more=1&amp;c=1&amp;tb=1&amp;pb=1">
			<title>東京の魅力④：変貌した六本木界隈</title>
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			<dc:date>2010-04-16T08:07:19Z</dc:date>
			<dc:creator>NAM</dc:creator>
			<dc:subject>4.1 - Senior Consultant</dc:subject>
			<description>　若者や外国人が闊歩する現代の繁華街、変貌した六本木界隈を訪ねた。六本木は東京を代表する繁華街で、24時間都市である。ビジネスオフィス、店舗、ホテル、住宅、公園のある複合都市になった。新宿ほど猥雑ではなく、銀座ほど上品でもない。渋谷ほど若者の街ではなく、赤坂ほど大人の街ではない。丸の内は経済の都心、霞ヶ関は行政の都心、上野は文化の都心、六本木はビジネスと文化を兼ね備えた複合都市をめざした。

　六本木にはミッドタウンや国立新美術館ができ、一時、ホリエモンなどのIT産業の花形が話題をさらった。今回は六本木の最初の発展のきっかけを作った六本木ヒルズを中心に散策した。
　六本木ヒルズのできた六本木六丁目付近は、テレビ朝日と小さな飲食店・小売店・住宅が混在した雑多な町であった。旧長府毛利邸跡の池と林があった。大型の消防自動車が入れず、火災に弱い地区であった。木造密集地帯の再開発のモデル地区であった。そもそもは1986年に、テレ朝の田代喜久雄副社長が森ビルの森稔専務（当時）を「本社を立て替えるから相談に乗ってくれ」と訪ねたことから始まる。

　1995年1月の阪神・淡路大震災の教訓から、災害に強い、超高層ビル化の構想があった。高層ビルは地震に強いことが阪神・淡路大震災で、見事に実証されたのである。災害を含め、高層ビル化、緑化など、都市環境の大幅改善が当初からの大きな狙いであった。
港区には外国の大使館など外国政府の出先機関が多く、外国人の居住者も多い。それにふさわしい街づくりを考えた。六本木ヒルズにある森タワーは、事務所棟が地上54階建てで、IT産業、外資系金融機関などの都市型産業が入居する。企業も外資系、海外との24時間交信が可能用に設計されている。天井高さ２．８ｍ、配線のための二重床構造で情報化対応がしやすい。
　六本木ヒルズは、上野・浅草の歓楽街とは異なり、銀座・丸ビルのビジネス街とも異なり、東京都心での職住近接を狙った。この街に「住み、働き、憩い、創造する人たち」を目指した。高層住宅棟は同じ設計で2棟建てた。1棟は地権者向け（170万円）、もう一棟は森ビルが340万円で買い上げる。地権者の400世帯と新規の550世帯が住む。
アークヒルズの開発では地権者の80％が売却・転出し、住民追い出し型開発といわれたが、六本木ヒルズでは、森ビルの森稔専務らの誠実な対応などもあり、地権者の８０％が組合に残った。権利者500人にものぼる再開発であった。住民の賛同を得られれば、事業の9割は成功する。住民を説得するのに14年かかった。
　六本木ヒルズの開発は、2000年2月、都が権利変換計画を認可、4月に着工し、「六六」計画がスタートした。多くの日本の市街区は、戦後の復興期に再開発のチャンスを逃し、群小木造密集市街地になってしまった。六本木も同様であったが、このヒルズ開発のときに永年の課題であった環状3号線と六本木通りの立体交差を成し遂げた。予測を超えた難問は電波障害で、東京タワー３３３ｍ、高層ビル２３８ｍで数ｋｍにわたる電波障害が起こり、その対策に約50億円近くかかったことである。
　六本木ヒルズのシンボルは森タワーとその最上層の地上約２３０ｍの展望美術館・森アートミュージアムである。森タワーの住民、ビジネスマン、訪問者などの交流の象徴としてできた。キャッチフレーズは文化都市であった。2000年の開発着工当初から、ニューヨーク現代美術館（MOMA）との提携計画があった。森美術館はその企画力で、毎回30万人規模の観客を集めているという。
　森専務の「住みたくなる住環境」という夢が実現したのである。都市再開発には、デベロッパーである森ビル、地権者である住民、東京都や港区の行政、国土交通省などの各関係者の努力が必要であった。東京・赤坂・六本木・虎ノ門、六本木ヒルズなどにある森ビルグループのオフィスビル群は光ファイバーケーブルを敷設して結ばれている。

　実際に生活している人には大胆な再開発の絵はかけない。デベロッパーや開発コーディネーターの腕にゆだねられる。六本木ヒルズでは、森専務がその任を受けた。六本木ヒルズの開発には、多くの教訓があったのである。八ツ場ダム開発には有能なデベロッパーはいたのかが問われよう。地域開発には構想力のある有能なデベロッパーが必要なのである。
　
2010年4月
地域問題研究会主査　NAM記
  
●六本木散策コース例：
東京ミッドタウン・ヒノキ町公園→旧乃木邸→国立新美術館→六本木６→六本木ヒルズ→（鳥居坂下、総本家更科堀井、麻布十番商店街、浪花家総本店・豆源、善福寺、麻布十番）
</description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　若者や外国人が闊歩する現代の繁華街、変貌した六本木界隈を訪ねた。六本木は東京を代表する繁華街で、24時間都市である。ビジネスオフィス、店舗、ホテル、住宅、公園のある複合都市になった。新宿ほど猥雑ではなく、銀座ほど上品でもない。渋谷ほど若者の街ではなく、赤坂ほど大人の街ではない。丸の内は経済の都心、霞ヶ関は行政の都心、上野は文化の都心、六本木はビジネスと文化を兼ね備えた複合都市をめざした。</p>

<p>　六本木にはミッドタウンや国立新美術館ができ、一時、ホリエモンなどのIT産業の花形が話題をさらった。今回は六本木の最初の発展のきっかけを作った六本木ヒルズを中心に散策した。<br />
　六本木ヒルズのできた六本木六丁目付近は、テレビ朝日と小さな飲食店・小売店・住宅が混在した雑多な町であった。旧長府毛利邸跡の池と林があった。大型の消防自動車が入れず、火災に弱い地区であった。木造密集地帯の再開発のモデル地区であった。そもそもは1986年に、テレ朝の田代喜久雄副社長が森ビルの森稔専務（当時）を「本社を立て替えるから相談に乗ってくれ」と訪ねたことから始まる。</p>

<p>　1995年1月の阪神・淡路大震災の教訓から、災害に強い、超高層ビル化の構想があった。高層ビルは地震に強いことが阪神・淡路大震災で、見事に実証されたのである。災害を含め、高層ビル化、緑化など、都市環境の大幅改善が当初からの大きな狙いであった。<br />
港区には外国の大使館など外国政府の出先機関が多く、外国人の居住者も多い。それにふさわしい街づくりを考えた。六本木ヒルズにある森タワーは、事務所棟が地上54階建てで、IT産業、外資系金融機関などの都市型産業が入居する。企業も外資系、海外との24時間交信が可能用に設計されている。天井高さ２．８ｍ、配線のための二重床構造で情報化対応がしやすい。<br />
　六本木ヒルズは、上野・浅草の歓楽街とは異なり、銀座・丸ビルのビジネス街とも異なり、東京都心での職住近接を狙った。この街に「住み、働き、憩い、創造する人たち」を目指した。高層住宅棟は同じ設計で2棟建てた。1棟は地権者向け（170万円）、もう一棟は森ビルが340万円で買い上げる。地権者の400世帯と新規の550世帯が住む。<br />
アークヒルズの開発では地権者の80％が売却・転出し、住民追い出し型開発といわれたが、六本木ヒルズでは、森ビルの森稔専務らの誠実な対応などもあり、地権者の８０％が組合に残った。権利者500人にものぼる再開発であった。住民の賛同を得られれば、事業の9割は成功する。住民を説得するのに14年かかった。<br />
　六本木ヒルズの開発は、2000年2月、都が権利変換計画を認可、4月に着工し、「六六」計画がスタートした。多くの日本の市街区は、戦後の復興期に再開発のチャンスを逃し、群小木造密集市街地になってしまった。六本木も同様であったが、このヒルズ開発のときに永年の課題であった環状3号線と六本木通りの立体交差を成し遂げた。予測を超えた難問は電波障害で、東京タワー３３３ｍ、高層ビル２３８ｍで数ｋｍにわたる電波障害が起こり、その対策に約50億円近くかかったことである。<br />
　六本木ヒルズのシンボルは森タワーとその最上層の地上約２３０ｍの展望美術館・森アートミュージアムである。森タワーの住民、ビジネスマン、訪問者などの交流の象徴としてできた。キャッチフレーズは文化都市であった。2000年の開発着工当初から、ニューヨーク現代美術館（MOMA）との提携計画があった。森美術館はその企画力で、毎回30万人規模の観客を集めているという。<br />
　森専務の「住みたくなる住環境」という夢が実現したのである。都市再開発には、デベロッパーである森ビル、地権者である住民、東京都や港区の行政、国土交通省などの各関係者の努力が必要であった。東京・赤坂・六本木・虎ノ門、六本木ヒルズなどにある森ビルグループのオフィスビル群は光ファイバーケーブルを敷設して結ばれている。</p>

<p>　実際に生活している人には大胆な再開発の絵はかけない。デベロッパーや開発コーディネーターの腕にゆだねられる。六本木ヒルズでは、森専務がその任を受けた。六本木ヒルズの開発には、多くの教訓があったのである。八ツ場ダム開発には有能なデベロッパーはいたのかが問われよう。地域開発には構想力のある有能なデベロッパーが必要なのである。<br />
　<br />
2010年4月<br />
地域問題研究会主査　NAM記<br />
  <br />
●六本木散策コース例：<br />
東京ミッドタウン・ヒノキ町公園→旧乃木邸→国立新美術館→六本木６→六本木ヒルズ→（鳥居坂下、総本家更科堀井、麻布十番商店街、浪花家総本店・豆源、善福寺、麻布十番）</p>
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