普天間問題の続きを述べる。普天間基地はまさに住宅に囲まれた基地である。なんとかしなければならない。米軍基地の普天間からの移設について県外・国外案が出ていたが、当初から疑問視されていた。鳩山首相がTVにでる度に、5月までに決着すると繰り返し述べていたが、結局は沖縄以外になかった。天領をつくる、巨大な人工島を作るなどすれば解決する。しかし、そのような鳩山マジックはでなかった。
鳩山首相は、オバマ大統領に3度会っている。「大統領の起こしたチェンジ、変革の波が日本にも届いた」と言った鳩山に、最初はオバマも大いに期待したが、その後普天間の移設方向も固まらず、会うたびに米国の不信感がつのり、ついに“爾後、鳩山政権を対手とせず“となり、これがオバマ政権の意思であった。
名護市への移転の日米の合意は、contractではなく、単なるagreement、口約束であったというが、外交関係はそう単純ではない。覆すだけの新たな証拠・解決策が必要で、その実現性の壁は厚い。社民党のような単なる願望・スローガンでは解決しない、実施できない意見で、論理矛盾に気がつかない。
①政権が変わったのだ。だから前の約束はご破算だ。という論理は通じるのか。
②基地の設置は、どの県も反対する。それをどう説得するのか。
③県外・国外とは?具体的には、自力軍をもつのか、アメリカか中国の属国になってしまってもかまわないのか。
この問題は、連立政権という名のもとに、国民新党と社民党に民主党がかき回されていると国民には映った。これは連立当初から見えていた。政権内でも、外務大臣と防衛庁長官と総理、外務省官僚らとの意見が食い違っていた。日本の政権は、意見・主張がまとまらない、筋が通らない。そんな日本の現政権と「まじめに外交話ができるのか」というのが、アメリカの見方のようである。
他県への移設であるならば、もっと早くから全国の知事を集めて議論・討議すべきであった。こんなことは、政権をとった段階でわかっていたはずである。これらのわかりきったことをせずにずるずると時間をすごし、政権の無能力ぶりを示した。日米の交渉も日本の言い分、たとえば日米地位協定、思いやり予算問題、日本の安全保障の具体的行動基準など、ほとんど何も明言せず、何も引き出せないでいる。こういう当たり前のこともできない、先の見通しを持たない、有能なスタッフを編成できない内閣を、国民は支持するのであろうか。
沖縄県民もこの半年、単に「県外、国外」の掛け声だけで翻弄され続けてきた。ここへきて、「やっぱり沖縄しかない、理解してくれ」といわれて、沖縄県知事は「はなはだ遺憾である」と述べていたが、「沖縄県民を馬鹿にするな!」と、憤りをあらわにしてもよいのではないか。八ッ場ダムの大騒ぎと同じ構図である。政府の言動にさんざん振り回される国民の姿だ。
“最低でも県外“、このことは何度も何度も述べられてきた。それが出来ないのなら最低以下である。鳩山総理は鈍感だ、厚顔無恥だと批判するより、無能でうそつきだと断定したほうがよい。TVを通じて、子供も含めて総理のうそつきを見続けてきた。
西洋ではうそつきを極端に嫌う。人の信用にかかわるからだ。数日前、TVで“カントの純正理性批判と政治哲学”の話をやっていた。そこでは、事例としてクリントン大統領の不倫問題を野党が追及する場面がでたが、そこでもクリントンはうそをつかないことに拘った。日本では「嘘つきは金持ちの始まりだ」(ビートたけし)という。雲泥の差だ。
日本の支配層は、「知らしむべからず、寄らしむべし」の思想で、太平洋戦争の大本営発表も嘘の連続であった。うそつき、これが日本的なのか。日本のDNAなのか。
日本人は、タイランドの国民のように暴動を起こす元気はない。暴動は起こさずに、無能でない、うそをつかない支配者層、外交手腕のある国家元首・総理を生み出す方策はあるのか。この問題は、日本の民主主義を育てる意味でも、国民の社会・政治教育問題としても重要なテーマである。虐げられてきた沖縄の歴史、見捨てられた島民の思いは、単に同情ではなく、政治システムとして、もっと深刻に捉えられるべきだ。エリート意識の中に潜む“ごーまん”、問題を問題と認識しない国民の方にこそ問題がある。
2010年5月
地域問題研究会主査 NAM記
東京の霊園は、寺院の霊園を含めれば数百もある。しかし、3大霊園といえば、谷中霊園、青山霊園、雑司が谷霊園である。都下には多磨霊園と小平霊園があり、それを含めると5大霊園である。都内の霊園は江戸っ子や過去の人たちの墓ですでに満杯である。新参者や都会からはみ出した人たちは、都下や地方に出て行かざるを得ない。しかし都心の墓は歴史を感じさせ、歴史の散策にうってつけである。これらの大きな霊園は、塀もないし出入りが自由であるが、飲食やタバコなどは禁物であるのはいうまでもない。散策には最初に霊園の管理事務所に寄り、案内地図をもらってくると便利である。
霊園は猫の天国である。東京に住む動物といえば、雀か、烏か、ねずみか、犬か、いずれが多いだろうか?実は多いのは猫なのである。霊園は猫の天国である。墓地にはお供え物もあるし、静かで墓石の陰で暖かく、のうのうとできる場所である。夜になったら街場に出かけ、餌を漁る。
谷中霊園はかっては天王寺の境内であった。戦災にあわなかったので、谷中地区は下町情緒がいっぱいである。春は天王寺の参道の桜並木が美しい。樹木の種類も松、欅、杉、ヒノキ、槇、櫟(いちい)等いろいろあり、生垣の種類も多く,案内板の解説つきで勉強にもなる。谷中には、幸田露伴の五重塔の焼け跡もあり写真付きで解説されている。近くに徳川家の寛永寺があり、徳川慶喜や勝海舟、渋沢栄一など明治の偉大な人物の墓が目に付く。徳川慶喜は、夫婦仲良く並んであるだけでなく、第2婦人も祀られているのに好感が持てる。最近の政治家では三木武吉、鳩山一郎が居る。春彼岸には親戚の方の参拝者に出会う。
雑司が谷霊園は護国寺や鬼子母神神社も近い。最近は、風情のある都電荒川線だけでなく副都心線ができて便利になった。ここも戦災にあっていない。夏目漱石を筆頭に、島村抱月、岩野抱鳴、泉鏡花、永井荷風、森田草平、窪田空穂、サトウ・ハチロウ、小泉八雲らの文人が多い。尾上菊五郎や江戸家猫八、大川橋蔵などの芸人の墓も多い。軍人では東条英機、政治家では愛知揆一が眠る。最近は本を読まない若者も多く知らない人が多くなったかも知れぬが、自分の知っている著名人の墓に出会うと、何だこんなところに眠っていたのか、ここに地縁があったのか、と思わずにたりとする。たとえば夏目漱石は、本郷の三四郎池から始まり、神楽坂に落語を聞きに来ていたり、文具を買い求めに通っていたりした。そして、松山の坊ちゃんになったり、ロンドンまででかけたりしたが、結局ここに眠ったのか、とその足取りを感じさせるのである。
青山霊園は、乃木将軍を筆頭に、陸軍の将校などの軍人や外人の方の墓地が目立つ。横浜の外人墓地を思わせる。政治家では、吉田茂、池田勇人、犬養毅、井上準之助、大久保利通、森有礼、後藤象二郎、加藤高明、浜口雄幸、松方正義などそうそうたるものである。青山霊園は、全体に新しさもあって区画もしっかりしている。道も広い。
霊園は散歩するにはあまり気持ちよいものではない。人によっては気持ち悪がる。しかし、緑の木陰もちょっとあるし、子供たちの格好の遊び場でもある。車は来ないし安全なので、地元の子供たちは、平気で遊んでいる。
ときどき、著名人の墓参りに来る客人が居る。多くは男性の独り者が多い。たまにおばあちゃんに会う。俳句をやっていてその題材を求めてやってきたという。墓場には歴史と風情を感じるのだろうか。
地方にも立派なお墓はあるが、これだけ多くの方と会えるのは、東京だけである。
2010年5月
地域問題研究会 NAM記
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