アーカイブ: 1月 2010

2010/01/29

Permalink 08:42:55, 著者: NAM Email , 1 語, 178 回閲覧   Japanese (JP)
カテゴリ: 4.1 - Senior Consultant

混迷する鳩山内閣

 政権交代後5か月になったが、期待ほどの成果が出ず、日本経済も国民の生活も混迷の色を深めつつある。そう言い切っていいかどうか不明だが、そう思われる昨今の状況である。
 民主党政権になって、まず八ツ場ダムの問題から始まり、沖縄普天間基地の問題など、さまざまな問題が浮き彫りにされたが、いずれも解決の道筋は見えていない。すでに新聞等で議論し尽くされている感はあるが、改めていくつかの問題点を整理してみよう。
 まず八ツ場ダムの問題から考えてみよう。住民の移転が始まり工事も着工されている中、いきなりのダム中止に住民は当惑している。そもそもこの川は水量も少なく水資源としては多くの期待は持てないようで、そこにダムを作ろうとした計画そのものに問題があったのではないだろうか。
 当初予算の70%以上を使ってしまっているのに、工事はまだ半分もいっていないという。これが官の一般的なやり方なのだろうか。どうしてその責任を追及できないのか。この仕組みが直らないと税金の無駄遣いも直らない。
利根川の水利権の多くは、農林水産省が握っており、減反、減反で水需要が減っているにもかかわらず、その水利権を生活用水にまわそうとしない。その結果、利根川水域の埼玉県で渇水の危機が起きているのである。
 そもそもこのような無駄と思われるダムが全国数十箇所もある。官僚の全国画一平等主義か、「私も私も」主義の結果、大量増設を招いている。地方の道路や地方空港も同様な構図である。このような官僚機構の矛盾点の上に無駄な公共事業を数十年も放っていた自民党に多くの問題がある。「ダムダムダムといい続け、結局無駄とわかったダム問題」と朝日新聞に揶揄されている。
 マスコミはどうであったか、民主党になってやっとこれらの問題がクローズアップされてきたのである。マスコミはもっと自主的な調査力を発揮すべきで、マスコミの問題もおろそかにできない。民主党になってよかったことのひとつは、このようなナアナア公共投資が明らかになった点である。
 民主党になって次によかったことは、事業仕分けである。国民の面前で事業の必要性などが明らかになった。先のダム問題もこのような議論にかけるべきテーマであり、ダムが治水にも利水にもほとんど効果を発揮してない例が、各地にある。
 事業仕分けそのものの成果としてはせいぜい数千億円しか出なかったが、それはわかりきったことでもあった。他人の懐具合や事業の事情・問題は、外から見ていただけではわからない。それでも事業仕分けはよかったが、多くの不正問題は、内部告発によって明るみにでる。内部告発を容認しない国では難しい。無駄発見を奨励する施策がまず必要である。問題は、天下り各種法人にまつわる無駄使いをどこまで整理できるかである。これからがまさに正念場で、国民の多くが期待しているところである。

2010年1月
地方問題研究会主査 NAM記

2010/01/13

Permalink 16:00:27, 著者: NAM Email , 1 語, 208 回閲覧   Japanese (JP)
カテゴリ: 4.1 - Senior Consultant

東京の魅力③:七福神巡り

 謹賀新年、2010年のスタートはいかがでしたか。初詣、年始回り、名刺交換会などの新年の行事が続く中、七福神詣でもいいものです。
 七福神は、室町時代に仏教の「七難七福」からうまれ、庶民に根付いたのは江戸時代だといわれている。日本(恵比寿)、インド(大黒天、毘沙門天、弁才天)、中国(福禄寿、布袋、寿老人)の神様の集まりで、宝船に乗り、庶民の味方の七人の神様がずらり勢ぞろいである。
 東京では各所に七福神があり、浅草名所七福神をはじめ、隅田川、下谷、板橋、小石川、柴又、亀戸、銀座、日本橋、目黒、新宿山の手、港区など20箇所以上にもなる。茨城県の常陸七福神は車で回らねばならぬほど遠く離れているが、東京の七福神は近い。大体3時間程度で散策できるようになっている。
 今年は江戸で最も古いといわれる谷中の七福神を巡った。山手線田端から西日暮里、日暮里、鶯谷、上野駅までの散策である。1月15日までは、ひとつのブームで、朝10時ころともなると田端駅前もごった返す。外国人のパーティも来ていた。お寺はそれほど大きくないが、皆さんをあたたかく迎えてくれる。
 谷中地区は、関東大震災にも戦災にあわず、古い家並みが続く。谷中銀座では、名物のそばや、いまだに手焼きのせんべいを売っている。江戸文化の面影を随所に見せる谷中地区である。天王寺近辺には幸田露伴の五重塔跡がある。ちょっと行けば谷中の墓地で、徳川慶喜の墓や勝海舟の墓もある。森鴎外の邸宅も不忍池の近くにあり、下町資料館もあり、江戸から明治にかけての見所は多い。上野、谷中、浅草など、古きよき江戸・明治の面影を残す街めぐりであった。
 地方の産業起こしとして観光産業があげられるが、この七福神も江戸時代の観光産業であったのだ。東京にもいま歴女が出没しているようで、寺、墓、著名人の邸宅跡などは観光スポットになる。地方ではこれに温泉や工芸工房、植物園、薬草園、朝市などを組み合わせ、独自のものを開発し、セットでアピールしてみてはどうだろうか。そういえば鴎外邸には温泉とレストランが併設されていた。また、谷中では銀座商店街が独自のイベントを開催していた。七福神も、地元のボランティアがガイドを担当していた。これらもみな地元の工夫のひとつである。
<参考>七福神とご利益
 (東覚寺)福禄寿 :長寿、人望福徳、智慧   
 (青雲寺)恵比寿様:商売繁盛、大漁、恵比須顔
 (修性院)布袋様 :幸福、忍耐と和合、家庭円満
 (長安寺)寿老人 :健康長寿と安全
 (天王寺)毘沙門天 :威光、苦難を乗り切る勇気
 (護国院)大黒天 :勤労、有富蓄財
 (弁天堂)弁財天 :愛嬌、学問、弁舌、芸道、琵琶を弾く豊穣の女神

2010年正月
地域問題研究会主査 NAM記

Future Management & Innovation Consulting Inc.

1月 2010
<< < 現在 > 
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

検索

いろいろ

XMLフィード

RSSとは?

オンラインユーザ一覧

  • ゲスト ユーザ: 1

powered by
b2evolution